オフィス移転で認識すべき原状回復工事のガイドラインと民法
- 2022.5.11
2022年4月現在、原状回復で確認すべきものに、国土交通省が定めた「原状回復ガイドライン」、2020年4月1日に改正施行された民法、過去の原状回復をめぐる判例、賃貸借契約書および特約、賃貸オフィス・テナントなら入居ビルのルールがあります。
オフィスなどテナント物件には関係しませんが、東京都では賃貸住宅紛争防止条例(店舗・事務所等の事業用は対象外)を定め、賃貸住宅トラブル防止ガイドラインも作成しています。
目次
国土交通省がガイドラインを定めた経緯
原状回復のトラブルが多発した経緯から、国土交通省は平成10年に「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」を制定し、平成16年、平成23年には裁判事例、Q&Aを追加し改訂しました。
2022年4月現在、平成23年8月の再改訂版が最新です。
なお、東京都が条例を制定し、ガイドラインを作成したのも原状回復などのトラブルが多発したためです。
ガイドラインは居住用
「このガイドラインは、トラブルが急増し、大きな問題となっていた賃貸住宅の退去時における原状回復について(以下略)」と国交省のガイドラインに示されているように、居住用の賃貸住宅物件に対してのガイドラインです。
事業用のオフィス、店舗は含まれていないのですが、実際の使用状況により、オフィスであっても原状回復ガイドラインが適応されるのが妥当とされた判例もあります。
一概にガイドラインは居住用のみと決めつけないことが大切です。
小規模オフィスでガイドラインが適用になったケース
数人で居住用マンションの一室をオフィスとしている場合や、マンションやアパートをエステサロンとしてお使いになっている場合は、原状回復ガイドラインが適用される可能性があります。
判例:東京簡裁 平成17年8月26日判決
「原状回復ガイドラインにそって原状回復費用を算出すべき」という判例です。
- 築20年の居住用マンションを事務所として使用。
- コピー機とパソコンのみ設置し2名で使用。
以上の使用状況から居住用と大差ないとされ、原状回復ガイドラインにそって原状回復費用を算出すべきという判決が出ました。
注意点
居住用物件で使用状況が居住している状態と変わらなかったと裁判所が判断した結果だと考えられます。
なお、「テナント物件は住居用のガイドラインに沿わないのが妥当である」という判例も出ていますので、ガイドラインの適用は実際の使用状況によると考えるのがよいでしょう。
ガイドラインに沿った形で民法が改正
国土交通省が定めたガイドラインの内容に沿った形で、2020年4月1日に改正民法が施行されました。
原状回復の範囲について法的効力が発生したと考えて差し支えないでしょう。
しかし、契約自由の原則があるため、民法の規定だけが原状回復となるわけではありません。
民法改正後も、賃貸テナント物件の賃貸借契約では、テナント側の負担で通常損耗も含めて原状回復する契約としていることが多いです。
改正民法第621条:賃借人の原状回復義務
賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。以下この条において同じ。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。ただし、その損傷が賃借人の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
解説
民法では、居住用・テナント用の区別なく、通常の使用における劣化(通常損耗)や経年変化(経年劣化)の部分は入居者(賃借人)の負担ではないとされています。
ただし、2020年3月31日までに契約した場合は、改正後の民法ではなく改正前の民法が適応になりますのでご注意ください。
契約自由の原則とは
契約は、公の秩序や強行法規(労働基準法、最低賃金法、消費者契約法など)に反しない限り、当事者が自由に締結できるという民法上の基本原則のことを契約自由の原則といいます。
民法では、次のように解されています。
- 契約を締結するかしないかの自由
- 契約相手を選択する自由
- 契約の内容決定の自由
- 契約の方式の自由
契約自由の原則は条文として明文化されていませんでしたが、2020年4月に改正施行された民法において明文化(第521条)されています。
個別原則 | 各原則の内容 | 例外 |
---|---|---|
契約を締結するかしないかの自由 | 契約を締結するか否かは一切強制されない | 公益的事業(電気、ガス、水道)や公益的職務(医療行為) |
契約相手を選択する自由 | 誰を相手方として契約するかは自由である | 公益的事業(電気、ガス、水道)や公益的職務(医療行為) |
契約の内容決定の自由 | どのような契約内容にするかは自由である | 労働基準法や最低賃金法による規制、公序良俗に反する契約内容、消費者契約法による規制 |
契約の方式の自由 | 契約の方式は自由である | 手形、小切手など厳格な様式性が要求される有価証券の作成、特定商取引法により規制される契約書面、宅地建物取引業者が作成する契約書面 |
原則、賃貸借契約書・特約が優先される
契約自由の原則や、民間の賃貸契約は契約書が原則優先されるという判例(東京高裁平成12年12月27日判決)が出ているように、賃貸借契約書・特約の内容が優先されると考えましょう。
賃貸借契約書:原状回復の例文
明渡し時の原状回復を定めた契約書の例文について2つご紹介します。
甲が建物オーナー(貸主)、乙が入居者(借主・賃借人)です。
- 乙は通常の使用に伴い生じた本物件の損耗及び本物件の経年変化を含め、本物件を原状回復しなければならない。原状回復は別表第○○の規定に基づき乙が行う。
- 乙は乙の費用により新設又は付加した諸造作、設備等及び乙所有の備品等を乙の費用負担により撤去するとともに、乙による本物件の変更箇所及び汚損、損傷個所を修復し、壁・天井・床仕上材の塗装、貼替を行った上で本物件を引渡当初の原状に復して甲に明渡す。
上記のような条文が賃貸借契約書にあれば、民法やガイドラインとは異なり、経年劣化・通常損耗を含め、入居者負担で入居時点の状態に戻す原状回復が必要です。
居住用であっても特約で入居者負担となることも
居住用であっても賃貸オフィスや店舗物件と同じように、通常損耗や経年劣化も含めて原状回復する特約を設けることも可能です。
国土交通省の賃貸住宅標準契約書でも、「例外としての特約」の項目を設けており、ペット飼育を認めるために、クロスの張り替え費用を入居者負担とするなどの特約を設けることが可能です。
また、鍵交換費用も入居者負担とする特約も可能です。
タバコによるエアコンやクロスの汚れはガイドラインでも入居者負担
改定前のガイドラインでは、タバコを喫煙したことによるクロスなどの汚れは通常の使用とされていましたが、社会的に喫煙者数が減少していることもあり、改定後のガイドラインでは「喫煙等によりクロス等がヤニで変色したり臭いが付着している場合は、通常の使用による汚損を超えるものと判断される場合が多いと考えられる。なお、賃貸物件での喫煙等が禁じられている場合は、用法違反にあたるものと考えられる。」とされています。
タバコによる汚れは、入居者負担で修繕を行う必要があると考えましょう。
原状回復工事の注意点
退去時の原状回復工事でフローリングやクッションフロア、クロスなどを交換することになったとき、気を付けていただきたい点があります。
負担割合は耐用年数から計算
賃貸借契約書・特約で入居した当時の状態に入居者負担で戻すとなっていない場合(経年劣化や通常損耗は建物オーナー負担)は、建物オーナーと入居者の双方で工事金額を負担します。
例えば、カーペットを交換する際は、カーペットの償却年数(耐用年数)は6年ですので、6年で残存価値1円になるような直線または曲線を描き、経過年数で入居者と建物オーナーの負担割合を計算します。
耐用年数が過ぎた場合は、賃貸物件として機能できる状態まで戻すための費用を入居者が負担します。
フローリングの場合は部分補修をすると、つぎはぎ状態となり価値は上がらないことから、部分補修費用は入居者の負担とされています。フローリング全面張り替えの場合は、経過年数(耐用年数)を考慮するものとされています。
なお、負担割合は入居前に負担割合表を作成し賃貸借契約書に盛り込むべき内容です。
仕様がグレードアップしていないか
賃貸借契約書の内容に関係なく、オフィスや店舗物件でも確認する必要がある項目です。
クロス、タイルカーペットなどを張り替える際、グレードの高いものになっていないか、原状回復工事の見積書でしっかりと確認しましょう。
グレードの高い資材は、単価も高くなり原状回復工事の費用アップにつながります。
不要な工事が入っていないか
不要な工事が原状回復に入っていることもあります。
特にオフィスや店舗物件では、工事区分や養生範囲、資材の量などもしっかりと確認する必要があります。
廃棄物の処理
廃棄物(ゴミ)は適正に処分する必要がありますし、廃棄物は排出事業者(入居企業)に処理責任があります。
不適正な処理を行う廃棄物処理業者への委託が明らかになれば、排出事業者も廃棄物処理法の措置命令の対象になる可能性があります。
さらに、社名等が公表され、コンプライアンスを十分に果たしていない事業者として社会的な評価を落としかねないリスクがありますので十分ご注意ください。
事業用物件の原状回復工事はプロに相談
原状回復は入口戦略が重要なのですが、オフィス移転が決定し原状回復工事が必要になったときに、慌てるケースが多いように見受けられます。
しかし、今回の原状回復工事を諦める必要はありません。
契約書の内容が曖昧であり様々な解釈が成り立つ場合は、弁護士に交渉してもらうことも可能です。
10坪以上(33平米以上)であれば原状回復工事のコンサルティング会社に依頼し内装工事(原状回復工事)費用について、削減できる可能性があります。
まずは、お気軽に原状回復コンサルティング会社にお問い合わせをしてみましょう。
この記事のまとめ
ガイドラインとは?
ガイドラインの記載通りになるの?
タバコの汚れの扱いは?
この記事を書いた人